この記事は、流産後に受けた検査の結果と、不育症の原因を探した記録です。胎児の性別や検査結果など、つらく感じる内容が含まれます。体外受精で授かった2回目の妊娠の流産のあとの体験談です。検査結果は病院や人によって異なります。治療の進め方は、必ず主治医とよく相談の上で決めてください。
▶ 前回のお話:不育症検査を相談|PGTAとGバンド検査、私が選んだ道
遺残物なし、ひと安心——処置後の確認
治療を再開する前に、まず流産処置をしてもらった病院に処置後の確認と絨毛検査の結果を聞きに行きました。
まずエコーをして子宮の中を確認します。
遺残物もなく問題ないとのことでひと安心。
処置後「もし全て取り切れてなかったら再度処置が必要」と言われてたから、本当にドキドキでした。あんな痛い思い2度としたくない!って思っていたので。
絨毛検査の結果——「不完全流産」「性別XX」
エコー後は診察。絨毛検査の結果用紙を見せられました。
そこには「不完全流産」「性別 XX」と書かれているのが目に入り、性別がわかったことでまた胸がギュッとしました。
「女の子だったんだ・・」
ただ、絨毛検査は母体の染色体も混じってしまうこともあるそうなので100%ではないとも書いてありました。
そして、肝心な染色体の結果ですが正常でした。
やっぱり、そうなんだ・・最後の最後まで心臓は動いてて、元気そうにしてたもんね・・
7週目の流産も心拍確認できた後だった。
母体の問題?
自分が殺してるようでとても苦しくなったのを覚えています。
沖縄から横浜へ——不育症クリニックへの初診
絨毛検査の結果を受けて、次は不育症のクリニックに予約を入れます。
ネット情報では「なかなか予約が取れない」「キャンセルで空きが出たからすぐ予約とれた」など。
とりあえず、電話をしたらいい日にちで予約が取れました。
沖縄から行くので「明後日、空いてます」とか言われても難しい。
はっきりは覚えてないんですが、2週間後くらいに予約が取れたような気がします。
飛行機とホテルも予約して夫と向かいました。
クリニックに近いホテルを取っていたので、着いた日に場所を確認しておきました。
翌日、時間通りにクリニックに向かい、受付をすませます。
クリニックはビルの中にあり、こじんまりとした印象。
待合室もそんなに広くなく、他の患者さんもその時はいませんでした。
しばらくしたら看護師さんとの問診開始。
これまでの治療の経緯や流産の経緯、結構色んなことを聞かれたと思います。
その後、診察室へ。
先生の印象は・・もう年数が経ってるのであまりちゃんとは覚えてないんですが、嫌な感じはしませんでした💦
問診票を見て、パソコンで何やら説明された後、エコーで子宮の状態を見てもらうことに。
形、血流ともに問題ないという結果。
血液検査もしてもらったんですが、結果は3週間後にしかわからないということで、次の予約を取ってその日は終わりました。
3週間後、再びクリニックへ——「年齢ですね」
3週間後、再び飛行機に乗りクリニックへ。
検査結果を聞ける、流産した理由がわかるかもしれない。
そんな期待を胸に診察室へ入りました。
検査結果は・・特に異常はない、強いて言えば血液凝固の数値が少しだけ高い。
あとは「年齢ですね」と言われパソコンで40代の流産率を見せられました。
正直、こんな遠くまで来て「年齢です」で終わり?と虚しいような怒りたいような色んな感情が湧きました。
年齢は確かにあると思います。
でも、本当にそれだけ?
バイアスピリンかタクロリムスか——不妊治療の先生との相談
血液凝固に対応するためバイアスピリンの服用を勧められましたが、不妊治療クリニックで処方してもらってもいいとのことだったのでそうしますと言いました。
ただ、正直「バイアスピリン・・いるかな?いるんだったらとっくに処方されてるんじゃない?」と思っていました。
後日、不妊治療の先生に検査結果を見てもらい、バイアスピリンが必要か確認したら数値を見た上で飲まなくていいという判断だったので、飲まないことにしました。
ただ、免疫の数値が少し高いということでタクロリムスを飲むことに。
流産の明確な原因はわかりませんでしたが、これで不育症の検査結果は出揃いました。
不育症の検査を受けに行った前か後か、ちゃんとした時系列は覚えてませんが、この時期に治療を続けていく上で大きな決断をします。

